オシエビトになれなかった男(1)

初めまして、オシエビト代表の大野です。多くの方々のご協力を得て、ついにオシエビト・プロジェクトに向けて走り始めることができました。この場を借りて深く感謝申し上げます。

10月下旬からオシエビトの募集を開始したところ、よくいただくのが「なぜオシエビト・プロジェクトを始めようと思ったのか?」というご質問です。端的に申せば、私自身がオシエビトになりたかったからです。ここではそこに至る経緯を2回にわたってお話ししたいと思います。

私は1996年から2011年まで某武道団体傘下で南大阪地区において道場の経営に携わっていました。最盛期には14拠点で約500名の生徒を指導するまでに成長することができ、雇用した指導員は10名を超えました。その中から2名の日本代表選手を輩出、依頼を受けて世界王者のトレーナーも務めるなど、胃に穴が開くほどの重圧を感じながらも非常に充実した指導者生活を送っていました。充実期を迎え指導効果に一定の確証を得た私は、非行少年、ひきこもり、自傷癖のある少女といった問題を抱える青少年を積極的に受け入れました。その取り組みは、いかに彼らが「自信」と「生きがい」を持てるかのサポートで、少しずつではあってもその成果が表れれば指導者冥利を感じていました。

次に私が計画したのは経済的事情で道場に通うことができない子どもを指導することでした。かねてより「決して安くはない月謝を払えない家庭の子ども」に思いを馳せていた私でしたが、その壁は意外に高かったのです。

貧困層というのは非常に不可視的な存在です。当方からそういった家庭にメッセージを届ける術を、少なくとも当時の私は持ち合わせていませんでした。そこで辿り着いたひとつの答えが児童養護施設です。

厚生労働省の「児童養護施設の概要」によれば「児童養護施設は、保護者のない児童や保護者に監護させることが適当でない児童に対し、安定した生活環境を整えるとともに、生活指導、学習指導、家庭環境の調整等を行いつつ養育を行い、児童の心身の健やかな成長とその自立を支援する機能をもちます」と定義されています。現在では全国の約600施設で2~18歳の子ども約2万5千人が生活しています。彼らから希望者を募って武道を教授することを願い、そのための調査を進めていくうちに、やはりその多くは貧困層であり教育機会に恵まれない状況下にあることを知りました。そんな2009年、私は大きな転機を迎えることになりました。

例年春には100名前後の入会者がありましたが、2009年には30名程度に激減したのです。前年はリーマンショックに端を発する世界同時不況が起きた年です。定着率は維持できていたものの進学や就職による一定数の退会者は存在します。少子化や需要の変容などもあり過去2年程は生徒数の停滞を経験していましたが、その年からは生徒数は減少に転じることになりました。とりわけ有望な人材を積極的に雇用するという私の成長戦略は大打撃を余儀なくされたのです。

生徒減少期に入り、私は金策と拠点の統廃合に追われることとなりました。

経験のある方であればおわかりいただけるでしょうが、指導拠点の統廃合というのは大変な苦痛を伴います。生徒が僅か数名であっても目標に向かって伴走してきた立場として、中途で梯子を外すことだけは回避したいと願うものです。その時は10数名の生徒の送迎にスクールバスをチャーターし、数名の生徒の送迎にタクシーを定期予約し、その費用を負担するなどして生徒と保護者の皆様のご理解とご協力を仰ぐことは叶いましたが、更に経営は逼迫されることとなりました。経営者と指導者というふたつの立場での取捨選択に最も苦慮した時期です。

いつしか自身の思い描いた理想の指導者像を追及する余裕は失われていました。

(2)に続く

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